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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)561号 判決

原告

松岡千春

ほか一名

被告

山脇悦子

ほか二名

主文

一  被告らは連帯して、原告らに対しそれぞれ金四三万二八〇九円及び右各金員に対する昭和五〇年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの連帯負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告らにおいて原告らのそれぞれに対し各自金一五万円の担保を供するときは、当該被告に対する仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告らに対し各金二四〇万五八九九円及び右各金員に対する昭和五〇年一二月一四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  被告ら敗訴の場合仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告松岡千春(以下原告千春という。)及び原告松岡敦子(以下原告敦子という。)は、訴外亡松岡義勝(以下義勝という。)の両親である。

2  事故の発生

被告山脇悦子(以下被告悦子という。)は、昭和五〇年一二月一三日午後二時五分頃、軽四輪乗用車(八福岡そ七六二八、以下加害車両という。)を運転して福岡市東区大字松崎の水谷方面から津屋方面に通ずる市道を時速約三〇キロメートル以上で南進し、福岡市東区松岡一〇七―二二七付近の三叉路交差点を直進しようとした際、約一〇・八メートル前方に右方より左方へ道路を横断中の義勝(当時三歳七ケ月)を発見し、急制動の措置を講じようとしたが適切な措置がとれず、加害車両左側前部を同人に衝突させ、更に同人を車体下に巻込んだまま約八メートル暴走し道路左側の電柱に衝突して停車し、もつて同人に対し、頭部外傷、左大腿骨々折、腹部挫傷の傷害を負わせ、同日午後二時二〇分頃死亡させた。

3  責任原因

(一) 被告悦子は、本件事故現場である交差点を進行するに際し、同人の進行している市道は下り坂であり、かつ、右交差点は交通整理の行なわれていない見通しの悪い交差点であるから、減速徐行し、右方の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り漫然と進行し、また横断者を発見したときは適切にブレーキ操作をなすべき注意義務があるのにこれを怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、直接の加害者として民法七〇九条に基づき不法行為者としての責任がある。

(二) 右の事故は、被告山脇末博(以下被告末博という。)の被用者である前記被告悦子がその業務に従事中、同人の過失により惹起したものであるから、被告末博は、民法七一五条により、使用者として本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

(三) 被告小山迪男(以下被告小山という。)は、加害車両の保有者であつて、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

4  損害

(一) 亡義勝の損害 合計金一一八六万一七九八円

(1) 逸失利益 金九八六万一七九八円

「賃金センサス」によると、昭和五〇年度における全男子労働者の全産業計・企業規模計の初任給(一八~一九歳)の平均給与額は、月額八万三六〇〇円、年間賞与その他特別給与額が一三万四〇〇〇円であり、従つて年間給与額は一一三万七二〇〇円

(83,600円×12+134,000円=1,137,200円)

となる。次に、就労可能年数を一八歳から六九歳まで、生活費割合を五〇%とし、中間利息をホフマン式により(ホフマン係数一七・三四四)控除して三歳児の逸失利益を計算すると、九八六万一七九八円となる。

1,137,200円×(1-0.5)×17.344=9,861,798円

(2) 慰藉料 金二〇〇万円

原告らは、本件事故発生日、義勝の損害金債権を各二分の一宛相続した。

(二) 原告ら固有の損害 合計金六三〇万円

(1) 慰藉料 金六〇〇万円

義勝は原告らの一人息子であり、同人を亡くした原告らの精神的打撃は筆舌に尽しがたく、これを慰藉するには各三〇〇万円(合計金六〇〇万円)が相当である。

(2) 葬儀費用 金三〇万円

5  損害の填補

右損害金合計は金一八一六万一七九八円となるところ、原告らは自賠責保険より金一三四八万円、及び被告悦子より金三〇万円の支払いを受けたので、損害金銭は金四三八万一七九八円となる。

6  弁護士費用 金四三万円

原告らは、本件損害賠償の請求を原告代理人らに委任したが、その弁護士報酬は金四三万円(原告らの負担割合は各二一万五〇〇〇円)が妥当である。

よつて、被告らは連帯して、原告千春並びに同敦子のそれぞれに対し、それぞれ金二四〇万五八九九円、及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五〇年一二月一四日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は全部認める。

2  同第2項中、事故の大要は認めるが、距離関係、加害車両が義勝に衝突した箇所及び暴走し電柱に衝突して停車したとの点は争う。

3  同第3項中

(一) 被告悦子の不法行為責任は争う。

本件事故は義勝が突然飛び出したことに起因するものである。

(二) 被告末博の使用者責任は争う。

被告悦子は本件事故当時被告末博と婚約中で、被告末博のため弁当を届けに行く途中の事故である。

(三) 被告小山の自賠法三条の責任は争う。

被告小山は妹である被告悦子に本件事故当時乗車していた自動車を贈与していたもので、被告小山は運行上これを支配していたものではなく、又運行による利益も受けていたものでもなく、従つて運行供用者ではない。

4  同第4項は争う。

5  同第5項中、原告らが自賠責保険及び被告悦子から主張のような金額をそれぞれ受領したことは認める。

6  同第6項は争う。

三  抗弁(過失相殺の主張)

義勝は、母親である原告敦子に連れられ、同人の後ろから追従して事故現場の三叉路交差点にさしかかつたもので、原告敦子は同交差点を横断しなかつたが、亡義勝は同人の姉松岡晶子(当時五歳。以下晶子という。)が先に道路を横断して向側にいたので晶子の方に行こうとして、被告悦子の車が自分の方に進行して来ているのを意に介さず、本件事故にあつたものと推測される。およそ、母親たる者が幼児を連れて道路を進行する場合には、幼児と手をつなぐか、もしくは自己の前方を歩行させて常時幼児の動静に注意し、幼児を交通事故の危険から回避させるべきものであるにも拘らず、敦子は義勝と手をつなぐことなく、また自己の前方を歩行させることなく、単に自己の後方から追従させるのみであつた点において、母親として義勝に対する監護義務を充分につくしていたとは認め難いので、仮に被告悦子に過失があつたとしても、義勝の監督義務者である原告敦子にも過失があり、被害者側にも過失があつたのであるから、損害額の算定にあたつて過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項の事実は当事者間に争いがなく、請求原因第2項(事故の発生)については、事故の大要については当事者間に争いはないが、距離関係、加害車両が義勝に衝突した箇所、及び暴走し電柱に衝突して停車した点については被告らが争うのでこれらの点と、さらに請求原因第3項中の被告悦子の責任をも合わせて以下判断する。

1  成立に争いのない乙第一号証、第四ないし第八号証、原告千春、同敦子の各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

昭和五〇年一二月一三日午後二時五分頃、義勝は、同人の母原告敦子、同人の姉松岡晶子、広畑千歳及びその子二名(啓子、当時四歳、智恵子、当時二歳)と共にオルガン教室からの帰り道、若宮方面から本件事故現場である東区大字松崎一〇七―二二七先の三叉路(若宮方面からの道路と水谷方面から津屋方面に通ずる付近にさしかかつた。その付近一帯は香椎が丘団地内の住宅地であり、付近道路における自動車の通行量は日頃から余り多くなかつた。右三叉路付近では、先頭を広畑啓子と松岡晶子が、その後を広畑千歳が広畑智恵子をのせた乳母車を押して、その後を原告敦子が両手に荷物を下げて歩いており、義勝は原告敦子の後ろからついてきていた。原告敦子が、右三叉路を左に曲がり水谷方面へ向つて約四メートルほど行つたとき、進行方向約二〇メートル前方に加害車両が水谷方面から事故現場方向に向けて接近しているのを認めたので、後ろを振り返り、その時ちようど三叉路の左角のブロツク塀のところまで来ていた義勝に注意を促がし、さらに加害車両に目をやつたところ、右車両が約一〇メートル前方まで接近して来ていたので危険を感じ、再度義勝の方に目をやつたが、その時には、義勝は既に道路を横断しかけて道路中央付近まで至つており、加害車両は同人のすぐそばまで接近していて、何らの措置を講ずる暇もなく本件衝突事故となつた。なお、義勝は、姉晶子がすでに道路の向側に渡つていたことから、晶子の方へ行こうとして本件事故にあつたものと推測される。

一方、被告悦子は、水谷方面から津屋方面へ向けて直進してきたものであるが、事故現場は、水谷方面から津屋方面へ向けて下り勾配となつている幅員六・一メートルの舗装道路と、若宮方面からの同じく幅員六・一メートルの舗装道路とが、ほぼ直角に交わる丁字型の交差点であり、事故発生当時先行車、対向車共に皆無で前方の見通しは良好であつたが交差点右方の見通しが悪かつた。現場付近にさしかかつたとき、被告悦子は、主婦風の女性数人を進路右側路上に認め、若干左にハンドルを切りながら時速約三五キロメートルで進行したが、前方を十分に注視せず漫然と進行したため義勝が道路の横断を始めたことにすぐには気付かず、前記衝突地点の約一〇・八メートル前方に至つてようやく横断中の義勝を発見し、急ブレーキをかけハンドルを左に切つたが間に合わず、自車左前部を義勝に衝突させ、更に同人を車体下に巻き込み、衝突後のブレーキのかけかたが弱かつたこともあつて巻き込んだまま約八メートル進行したうえ、道路左側側溝に自車左前輪を落し込み、同所に立つている電柱に自車前部を衝突させて停止した。義勝は、事故後直ちに福岡市東区松崎字猪子田六四―四二、安部整形外科医院に運び込まれ手当を受けたが、同年一二月一三日午後二時一〇分頃、頭部外傷、左大腿骨々折、腹部挫傷により死亡した。以上の事実を認定することができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  そこで、右認定事実に基づき本件事故発生の原因を考えると、本件事故現場である交差点は交通整理の行なわれていない、水谷方面より見れば右方の見とおしの悪い交差点であるから、右交差点を直進しようとする被告悦子としては減速徐行し、かつ前方を十分に注視し、さらに道路を横断している被害者を発見した後のブレーキ操作を的確に行なうべきである(そうすれば、本件事故の発生、少なくとも死の結果の発生は未然に防止し得たはずである。)のに、徐行せず、かつ前方を十分注視せずに漫然と進行したため被害者の発見が遅れ、さらに被害者に衝突した後のブレーキ操作を誤つたため本件事故となつたものであるから、被告悦子の過失は明白といわなげればならず、その責任を免れることはできない。しかし一方、被害者義勝の母親である原告敦子においても、三歳の幼児である被害者を連れて道路を進行する場合は、被害者と手をつなぐか少なくとも自己の前方を進行させるかして事故の発生を未然に防止すべき監護上の義務があるのにこれを怠り、自己の後方を歩行させていたのであるから、被害者側にも過失があつたといわなければならない。

従つて、本件事故は、被告悦子と原告の双方の過失が競合して発生したものと認められるが、本件事故現場付近は団地内の道路で自動車の通行量が日頃から余り多くないことを考慮すれば、被害者側の過失はさして大きいとはいえないので、その過失の割合は、被告側を九、原告側を一とするのを相当と認める。

二  次に請求原因第3項の事実中、被告末博が被告悦子の使用者であるか否かの点(使用者責任の存否)、及び被告小山が本件加害車両の保有者であるか否かの点(運行供用者責任の存否)について判断する。

1  被告末博使用者責任の存否について

(一)  成立に争いのない甲第八号証、被告悦子、同末博の各本人尋問の結果によれば、本件事故が起きた昭和五〇年一二月一三日当時、被告悦子は、被告末博の経営するクレーン業の手伝いをしており、本件事故は、被告悦子が被告末博に対し、作業現場へ昼食の弁当を届けに行く途中で起きたこと、被告悦子は昭和五〇年二月に被告末博に雇われ、当初は有給であつたが、本件事故当時は被告末博と婚約していたこともあつて、給料をもらつていなかつたこと、被告悦子の仕事の内容は婚約の前後を通じて変化がなかつたことを認定でき、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実よりすれば、被告悦子は被告末博の被用者であり、本件事故は被告悦子が被告末博の営む業務に従事中その過失によつて惹起したものというべきである。けだし、民法七一五条の使用者、被用者たる関係を認めるには、雇傭関係ないし報酬支払の事実は必要でなく、或る者が事実上指揮監督下にある他人を使用してその業務に従事させておれば足りるものと解されるところ、右被告末博と被告悦子の間には指揮監督関係を肯定できるからである。従つて、被告末博は、民法七一五条による本件事故に基づく損害を賠償する責任がある。

2  被告小山の運行供用者責任の存否について

(一)  被告悦子、同末博、同小山の各本人尋問の結果によれば、本件事故当時(昭和五〇年一二月一三日)の加害車両の登録上の所有名義人は被告悦子の実兄である被告小山であつたこと、任意保険も被告小山が保険契約者としてかけていたこと、本件事故後被告悦子が加害車両の登録上の所有名議人となつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、本件事故当時被告小山が加害車両の所有者であり、これを被告悦子に無償で使用せしめていたことが推認される。被告悦子、同末博、同小山は各本人尋問において、加害車両は本件事故の一月位前に被告小山から被告悦子に贈与されたものである旨供述するが、右各本人尋問の結果は前記認定事実に照らせばにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、被告小山は加害車両の所有者として運行上右車両を支配していたものというべきであるから、運行供用者として自賠法三条の責任がある。

三  次に、損害額について判断する。

1  亡義勝の逸失利益

亡義勝は、事故当時満三歳であつたが、その後成長して、一八歳から六七歳まで少なくとも四九年は稼働可能であつたと思われる。そして、賃金センサスによれば、事故発生の昭和五〇年度における全男子労働者の全産業計・企業規模計の初任給(一八歳~一九歳)の平均給与額は、月額八万三六〇〇円、年間賞与その他特別給与額が一三万四〇〇〇円であるので、生活費割合を五〇パーセントとして、ホフマン式により亡義勝の逸失利益を算定すると、金九八六万一七九八円となる。

1,137,200円×(1-0.5)×17,344=9,861,798円

2  原告らの慰藉料

原告らは本件事故により一人息子を失つたもので、甚大な精神的苦痛を蒙つたことは推測するに難くない。その他本件に現われた一切の事情を考慮すれば、その慰藉料としては、原告千春、同敦子それぞれにつき金三〇〇万円をもつて相当と認める。なお、原告らは亡義勝自身の慰藉料を主張するが、その分を含め原告らの慰藉料を認めたので、別にこれを認めない。

3  葬儀費用

原告らは両親として亡義勝の葬儀を行い、その費用を支出したものと認められ、その費用については原告ら主張のとおり、三〇万円を本件事故に基づく損害と認める。

四  過失相殺

前記損害を合算すると合計金一六一六万一七九八円となるが、本件事故発生については、原告側に一、被告側に九の割合で過失が認められること前記のとおりであるから、これを斟酌すると、被告らをして賠償せしめるべき損害額は金一四五四万五六一八円となる。

五  損害の填補

原告らが、右損害につき被告らから合計金一三七八万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、これを充当すると、その残額は七六万五六一八円となる。

六  弁護士費用

本件事故と相当因果関係にある損害として、被告らに賠償を求めうる弁護士費用は、本件事故の内容、認容額等を考慮して、金一〇万円を相当と認める。

七  以上によれば、被告小山は加害車両の運行供用者として、被告末博は使用者として、被告悦子は不法行為者として、連帯して、原告千春並びに同敦子のそれぞれに対し、金四三万二八〇九円及び右各金員に対する本件事故発生日の翌日である昭和五〇年一二月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、原告らの請求を主文第一項の限度で認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条一項を、仮執行及び同免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川井重男)

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